「絶対見つけてくれる」 転覆のマグロ漁船長ら退院会見 2007年2月15日(木)22:17 (朝日新聞)  宮崎県日向市漁協所属のマグロはえ縄漁船幸吉(ゆきよし)丸の転覆事故で 、宮崎大付属病院(宮崎県清武町)に入院していた是沢幸広船長(48)と山 中道夫甲板員(56)の2人が15日に退院し、記者会見をした。家族を思っ て頑張ったことや、「死にたくない」と励まし合ったことなど、冬の海で 74時間の漂流に耐えた事故を詳細に証言。是沢船長は「救助がもう1日遅け れば、一人欠けていたかもしれない」とも語った。一緒に救助されたカメラマン の林洋平さん(29)はあと数日入院する。  2人は午後2時に退院。車で地元の日向市に戻り、漁協での会見に臨んだ。  2人の話によると、大型船に衝突されたのは9日午前10時ごろ。 風雨に雷も発生し、視界は悪かったという。是沢船長はレーダーで周囲2マイ ルに船がいないことを確認し、船長室で航海日報をつけている最中だった。  大きな衝撃と同時に、右舷から左舷にかけて青か白色の大きな物体が通過す るのが見えた。甲板に出ると、船の前方がちぎれていた。救命ボートに全員乗 り移った。船は約3分で沈んだという。  ぶつかったとされる貨物フェリー側が「衝突に気づかなかった」と主張して いることについて、是沢船長は「私たちの勘では、少しは衝撃があると思う」と話す。  ボートは浸水が激しく交代で水をかき出したが、下半身はずぶぬれ。 夜明け前は3人抱き合って暖をとった。食料は3センチ四方の乾パン18枚だけ。 1人が1日1枚、午後4時を食事時間に決めた。  「死にたくない」。2日目に林さんがそう漏らした。 是沢船長は「大丈夫、おれも死にたくない。絶対に助けてくれる。心配するな」 と互いに励ました。  漂流の間、何度か沖合を行く船が見え、航空機も上空を通ったという 。「信号弾や手鏡で7回くらい合図を送った」と是沢船長。しかし、 いずれも気づかれなかった。  救出された12日は好天だった。海保のヘリコプターが飛んで来た。 手鏡で合図を送ると、反応があった。山中甲板員が「もう大丈夫。残してい た乾パンと水でパーティーをしよう」と提案。万歳をしながら抱き合った。  「親兄弟、家族、子供たちのことを思い、絶対にまた会うという意志は最後まで持っていた」  頑張れた理由を、是沢船長はそう語った。